アニメ版「鋼の錬金術師」
こんにちは。
Detch UP!!です、こんにちは。
今日は、鋼の錬金術師の魅力を、ご紹介します。
賛否両論とされている前期版
鋼の錬金術師は2度アニメ化されていますが、自分的には賛否両論とされている前期、つまり2003~2004年に放送された方が好きです。
OP主題歌が、ポルノで始まってアジカンで終わる方ですね。
もちろん、原作ファンとしてはあれは許せないであろうという気持ちは理解できるつもりなのですが、アレはアレで面白かったと思うのです。
「それならゼロからオリジナルで制作してやってくれ。未完結(当時)の既存作品を原作というダシに、好き勝手やらかすな」
そういう意見も間違ってはいないのですが、徹底して「等価交換」というテーマに向かい続け、この作品なりに原作とは違うテーマを出したことは評価できるのではないでしょうか。
この作品は色々とえげつないシーンが多いことで有名ですが、個人的に一番辛いと思ったのはTV版の完結編となる劇場版において、アルフォンスの精神性が未成熟として描かれていることですね。
もちろん、これは故意によるものです。
TV版の結末ではアルの肉体を取り戻させるかわりに、アルが肉体を失った10歳の時からそれまでの4年の歳月の記憶が等価交換として差し出されて、失われてしまっています。
TV版の時はそれでも、例え兄弟の住む世界が分かたれたとしても、肉体を取り戻しそれぞれの道を往けるのならハッピーエンドだと思っていたのですが……。
失われた4年間は兄弟が自身の罪に向かい合い、お互いを思い合って成長し、苦難と屍山血河の果てに到達した旅路でした。
それが失われた結果、TV版50話丸々使って描かれた、でっかい鎧の釘宮ボイスが可愛いアルフォンスというキャラクターが死でいたも同然なのだということが冷酷な「等価交換」として描かれるわけなんですね。
そして、恐ろしいことにTV版の終盤では「等価交換の法則なんて嘘っぱちだ。人々は生まれてこの方失う一方じゃないか!」というような内容のことすら吐かれていた事実を思い出すという……。
業が業を呼び、罪の清算がさらなる罪を生み出すというデフレスパイラル。
そういうえげつない状況が描かれ続けてきた作品だからこそ、本当の最後の最後まで己の目的を見失わず、走り続けた主人公のエドが大変カッコ良く描かれている作品だと思います。
使ってみよう!! 名ゼリフ!!
「旅立ちを決めたのは、自分の心!!」
【用法】
・旅行の計画を、自分でたてなければいけないとき。
・今の自分をやめたいとき。
など
OP「メリッサ」を、演奏してみた
作詞・作曲: 新藤晴一